うきは観光みらいづくり公社

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古墳一覧

重定古墳

重定古墳

open※保存上の理由から一般公開していません

close【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

6世紀後半に築造されたと考えられており、幕末の久留米藩の国学者、矢野一貞による「筑後将士軍談」に紹介され、古くから知られていました。
本来、西向きのきれいな前方後円墳ですが、前後左右及び後円部頂上は社地として削平(さくへい)されて当時の姿をとどめておらず、現存長51m、後円部径44m、高さ8.5mとなっています。石室は、大型石材を積み上げた石室全長約15mの複室構造の横穴式石室で、玄室の高さが約3.8mとなっています。玄室の腰石および天井石は一枚石を使用しており、豪壮感があります。
装飾は、玄室、前室、羨道部※にかけて赤、緑によって同心円文、靭※、鞆※、蕨手文※、三角文が描かれていますが、戦時中で防空壕として使用されたほか、戦後の考古学ブーム時に壁面に落書きされたり、直接手で触ったりしたため、肉眼では容易に観察できなくなっています。
(国指定史跡)
※羨道(せんどう)・・・古墳の横穴式石室や横穴墓などの玄室と外部とを結ぶ通路部分
※靭(ゆぎ)・・・矢を入れ、腰につけて持ち歩く筒形の容器
※鞆(とも)・・・弓を引く際に手首に巻く道具
※蕨手文(わらびてもん)・・・ワラビの形に似た渦巻状の文様。呪術的な図文と考えられている

※石室は通常は施錠されています。詳しくはお問合せください。

塚花塚古墳1

塚花塚古墳

open※保存上の理由から一般公開していません

close【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

塚花塚古墳は、古墳時代中期・6世紀後半に築造されたといわれる円墳で径約30m、高さ約6mで、南面した石室が構築されています。羨道※は破壊されて見ることはできませんが、前室は長さ2.2m・幅2.7m、後室は長さ3.3m・幅2.9m・高さ3.7m。天井石や後室壁などに巨岩が使われています。壁画はこの奥壁を主体として描かれ、赤・緑・黄の三色を用い、3個の大型の蕨手文(わらびてもん)や5個の同心円をはじめ、靭や三角紋などが岩面いっぱいに描かれています。明治26年頃に開口した時に、金銅製馬具・太刀・鉄鏃・玉類・須恵器など多数出土したと言われています。
なお、この地方は耳納山麓古墳群の東端にあたり、付近には法正寺古墳をはじめ、前方後円墳や大・小円墳が密集していましたが、その後の土地開拓や大石堰構築などにより、次々と壊されました。この付近一帯には、それらの遺跡が多く点在していて往時をしのぶことができます。甕棺(かめかん)・石棺なども多数出土しています。
(国指定史跡)
※羨道(えんどう、せんどう)・・・古墳の横穴式石室や横穴墓などの玄室と外部とを結ぶ通路部分
※石室は通常は施錠されています。詳しくはお問合せください。

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珍敷塚古墳

open原則毎月第3土曜日の古墳見学時のみ公開
※5日前までに要予約

close【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

古墳時代後期(6世紀)に造られた円墳。昭和25年、採土工事中に発見されたものですが、現在奥と右側の壁のみが残されています。珍敷塚古墳の最大の特徴は、奥の壁に描かれた壁画で、古代人の信仰思想の一端をうかがい知ることができる貴重な資料です。
奥壁の壁画、左上には大きな同心円文が、その下にはゴンドラ形の船があります。その船の舳先(へさき)には鳥が止まっており、櫂を持つ人物が船を操る姿が見えます。中央には、死者を守るためなのか、弓矢が入った靭※が3個並んでおり、大きな蕨手文※が左の靭の間から描かれています。右端の靭の隣には弓と盾を持った人物がおり、その下には古代中国で月に住むと言われたヒキガエルが2匹描かれ、上のヒキガエルの横には小円文があります。
このように、珍敷塚古墳の壁画には、ここに葬られた人物が、太陽の輝く陽の世界から、月の支配する陰の世界へ、鳥の導く船で現世から来世へと旅立とうとする姿が表されているといわれています。
現在、この壁画は保存施設内にあり、予約すれば見学することができます。
※靭(ゆぎ)・・・矢を入れ、腰につけて持ち歩く筒形の容器
※蕨手文(わらびてもん)・・・ワラビの形に似た渦巻状の文様で、呪術的な図文と考えられている
(国指定史跡)

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