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うきは自家焙煎コーヒー巡り「蛭子町珈琲店」~花あるいは誘蛾灯のように~

この町に住む人にとって、この店は束の間の安寧なのかもしれない。

蛭子町珈琲店は、吉井町の白壁の町並みの辻にあるコーヒー店だ。かつてスポーツ用品店だったことの想像できぬその店は、大きな窓硝子の格子の引き戸が往来に面している。

店主に言わせるとこだわりがないという店内は、木の床と少し古い椅子、下がった灯りと流れる音楽とが、落ち着きと居心地の良さを感じさせる空間だ。

カウンター3席、2人掛けと4人掛けのテーブルが1つずつ。

木のカウンターに並ぶ、ガラス瓶に入った豆は中煎りから深煎りの約12種類。ブレンド3種とその時々の豆とで構成されている。ガラス瓶とカウンター席の上に下がる黒板には、それぞれの豆の特徴の説明が書かれていて、飲んだり豆を買ったりする時の参考にすればよいし、それでも迷うなら店主にその時の気分やどういうものを飲みたいかを伝えると、好みに合いそうなものを2~3種類答えてくれるだろう。

 井上製作所のハイパーロースターを使い、えぐみ雑味がなく豆の個性が出ることを指針に焙煎された豆はネルドリップで提供される。カウンター席の一番奥であれば、その素早く無駄のないドリップの所作を目の当たりにすることができるだろう。

なんて、なんだか物知り顔なことを書いてみたけれど、私は単なるこの店が好きなだけの、コーヒーが美味しいかどうかしか分からない人間だ。

 私がこの店で頼むものは、季節関係なしにホットのカフェオレと、お腹が空いていれば賽の目状の切れこみが入りバターがたっぷりと塗られたシンプルな厚切りトーストだ。

 そうは言っても様々なコーヒー店に行くのが好きで、その店々ではブレンドを頼むことにしている。ブレンドにはその店主の思想が宿っているように思うからだ。

 この店のブレンドは3種。最初に作られた飲みやすい「町ブレンド」、次に作られた味わい深い「横丁ブレンド」、そしてがつんとした刺激のある「下町ブレンド」。

「町ブレンド」は元々、焙煎の8段階、中煎りのシティローストであることから、シティブレンドだったところを「町ブレンド」としたそうだ。けれど私にしてみると、店主のお父上が提案したという、この店がある場所の小字から付けられた「蛭子町珈琲店」という店名や、この町の人に野良着で来てほしいという店主の言葉を聞くと、「町ブレンド」と名付けられていることの必然性を思う。

カウンター席も好きだけれど、私はこの町を眺められる席が好きだ。辻に面した窓硝子越しに、この町を通り抜ける車や小中学生の登下校、何か用事があるであろう住人やぶらぶらとしている旅行者などがよく見える。

 それら往来の光景と、青空であれ雨模様であれ、はためくこの店の白い暖簾の動きを眺めるのが、私の束の間の、そして最上の息抜きの時間となっている。

 そして店主が望むように、ここに通う多くの町の人たちが私と同じように、この店でいっときの羽休めをしに来ているように思う。

けれど、実を言えば私が一番好きなこの店の時間帯は閉店後だ。

 夕闇が迫り薄暗くなっていく白壁の町並みをふらふら歩いていると、暖簾をしまったこの店のぽつんとした明かりが目に映る。

 やわらかな静けさと共に眠りにつこうとするこの町に、店主の焼く、甘くこうばしい豆の香りが漂う。そのかぐわしさは幸福そのものでしかなく、この店がこの町にもたらす束の間の安寧のように思う。

花あるいは誘蛾灯のように、この店は、この町にある。

蛭子町珈琲店
うきは市吉井町1116
営業時間 午前10時から午後6時(LO午後5時半)
定休日 月・火曜日
豆売り 100g~

執筆/撮影 片中ゆう子(テヒマニ編集室)  ウェブメディア「耳納山麓の人と暮らし」準備中。
note:https://note.com/hotorinikki  instagram:tehimanihensyushitu(テヒマニ編集室)

うきは自家焙煎コーヒー巡り「蛭子町珈琲店」~花あるいは誘蛾灯のように~

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