うきは観光みらいづくり公社

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調音の滝

open無休

定休日無休

春の新緑、秋の紅葉と、滝は時々の自然と美しく調和し、訪れる人々にやすらぎを与えてくれます。夏はとりわけ心地よく、別天地の涼しさに我を忘れてしまうほど。カジカが鳴く清流では、そうめん流しの楽しみもあります。また、夏期限定で、地元住民によるお茶やしいたけ、手作りこんにゃくなど自然の恵み豊かな特産品を販売しています。四季を通して魅力に溢れたステキなところです。平成7年には林野庁の「水源の森百選」に選ばれました。

調音の滝公園園内には、十代有馬藩主の妻、清雲院が巡行の折、滝の水音が音を奏でるかのように聴こえたことに由来する「調音の滝」をはじめ、「魚返りの滝」「斧渕の滝」「三重(みしけ)の滝」の三つの滝があります。四季折々の景色を眺めながらの散策をお楽しみください。

●流水プール(夏休み期間中)
●そうめん流し(7月中旬~9月まで)

最新情報は下記へお問合せください。

鳥船塚古墳

open※保存上の理由から一般公開していません

定休日【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

原古墳の南135mに位置する円墳で、内部主体は西に開口する単室の横穴式石室ですが、奥壁の腰石2段が残るだけで石室は破壊されています。
奥壁の絵は、1段目には同心円文と船、2段目に大きな盾が描かれ、2個の靭※が描かれています。船は人物が乗った大型の船で、帆をはる柱は2ケ所、大きな櫂もあります。船の舳先(へさき)と艫※には鳥が各1羽ずつとまっています。
(国指定史跡)
※靭(ゆぎ)・・・矢を入れ、腰につけて持ち歩く筒形の容器
※艫(とも)・・・船尾

村田英雄生家 石碑

定休日無休

昭和を代表する演歌歌手のひとり、村田英雄の生誕記念碑。
日岡古墳の隣に1999年建立された。

清水湧水

定休日無休

うきは市の山北地区にある「臨済宗清水寺」の境内にこんこんと湧き出る清水湧水は、昔から飲料水や生活用水、農業用水として利用され、貴重な命の水として地域住民の生活を支えてきました。
昭和60年には環境庁(当時)の「日本名水100選」にも選ばれました。
湧水量は1日あたり700tで、水量は1年中安定しています。水温17℃、無色透明、無味無臭でpH7.8のきわめて良質の湧水です。

※清水湧水を汲むのは無料ですが、整備費として100円以上の寄付をお願いします。

最近は「リーゼント地蔵」でも有名になっています。「#清水湧水」で検索

古畑古墳

open※保存上の理由から一般公開していません

定休日【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

鳥船塚古墳の南200mに位置する径約20m、高さ約3mほどの円墳で、墳丘は2段築成で段築面に円筒埴輪、人物埴輪が並んでいました。屋形古墳群の中で最も高い所に位置します。
内部主体は南西に開口する複室の横穴式石室です。奥壁の鏡石には赤色で4個の大きな同心円文を中心に据え、三角文と小円文、大の字形に手足を広げた人物像などが描かれています。同心円文を中心に据える点から、日岡古墳と似たタイプの壁画を持つ古墳であるといえます。
(国指定史跡)

歌謡曲「王将」の石碑

定休日無休

吉井町に出生した歌手 村田英雄氏の功績をたたえ、表面にミリオンヒットにより第4回日本レコード大賞特別賞を受賞した代表曲「王将」、裏面に「母の道」の文字が刻まれている碑。毎年6月上旬には「王将」の名にちなみ、将棋大会が開催されています。若宮神社敷地内に、2000年に建立された。

つづら棚田

open山間部のため、暗い時間帯や悪天候時の通行は注意してください。

定休日無休

新川・葛籠(つづら)地区の山あいの斜面には、面積7ha、約300枚の、精巧に石で積まれた階段状の棚田があります。山の石を使い、丁寧に積み重ねられた石組みの多くは約400年前のものです。 日当たりの良いところを農地にし、米作りを優先させたこの地域の家並みは、周りの山林の緑、森から湧き出る清水、青い空の景色と見事に調和し美しい農村景観をつくり出しています。平成11年には、農水省の「日本棚田百選」に選ばれました。

塚花塚古墳

open※保存上の理由から一般公開していません

定休日【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

塚花塚古墳は、古墳時代中期・6世紀後半に築造されたといわれる円墳で径約30m、高さ約6mで、南面した石室が構築されています。羨道※は破壊されて見ることはできませんが、前室は長さ2.2m・幅2.7m、後室は長さ3.3m・幅2.9m・高さ3.7m。天井石や後室壁などに巨岩が使われています。壁画はこの奥壁を主体として描かれ、赤・緑・黄の三色を用い、3個の大型の蕨手文(わらびてもん)や5個の同心円をはじめ、靭や三角紋などが岩面いっぱいに描かれています。明治26年頃に開口した時に、金銅製馬具・太刀・鉄鏃・玉類・須恵器など多数出土したと言われています。
なお、この地方は耳納山麓古墳群の東端にあたり、付近には法正寺古墳をはじめ、前方後円墳や大・小円墳が密集していましたが、その後の土地開拓や大石堰構築などにより、次々と壊されました。この付近一帯には、それらの遺跡が多く点在していて往時をしのぶことができます。甕棺(かめかん)・石棺なども多数出土しています。
(国指定史跡)
※羨道(えんどう、せんどう)・・・古墳の横穴式石室や横穴墓などの玄室と外部とを結ぶ通路部分
※石室は通常は施錠されています。詳しくはお問合せください。

若宮八幡神社

定休日無休

「若宮八幡神社」は、五穀豊穣の御利益で知られるお宮で、仁平3年(1153年)に源為朝(みなもとのためとも)が現在の神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮(日本三大八幡宮のひとつ)を分霊し創建されたと伝えられています。境内には樹齢数百年の情緒豊かなカヤの木や、江戸時代に地元の豪商から寄進を受けた青銅製の狛犬と灯篭など見どころも多くあります。毎年10月17日・18日に行われる伝統行事”若宮おくんち”の舞台としても親しまれており、期間中は“サー、ヨーイヤセー”など伸びやかなかけ声とともに武者や稚児行列が町内を練り歩き、露店も立ち並ぶなど、多くの観光客で賑わいます。

くど造り民家平川家

open個人宅のため早朝、日没後の訪問はご遠慮ください

18世紀後期に建てられた農家住宅。家屋を上から見たときの形状が「くど(かまど)」に似ているというところから「くど造り」の住宅と呼ばれます。
1971年6月に主屋と納屋が民家としては珍しい国指定重要文化財に指定されました。
現在も住居として利用されていますが、事前に予約すれば内部を見学することができます。

流川桜並木

流川地区を流れる巨瀬川沿いの約2キロメートルにわたる桜並木です。毎年多くのお客様で賑います。開花時期には夜桜を楽しんでいただこうと桜のライトアップ(19時~22時)が行われます。
例年3月下旬~4月上旬が見頃です。

長野水神社(五霊社)

定休日無休

江戸時代、寛文3年(1663年)の大干ばつを機に、山下助左衛門をはじめ、五人の庄屋が筑後川が流れる大石地区に堰を造り、掘割を掘って水を引く開削※工事を久留米藩に申し出ましたが、筑後川を利用した用水路開削工事は難事業であるため、藩からの許可はなかなか下りませんでした。五人の庄屋は失敗したら処刑される覚悟で請願書を提出し、この難工事に着手して寛文4年(1664年)3月完成に至りました。この偉業をたたえて五人の庄屋を祀ったのが長野水神社(五霊社)です。4月8日の春の大祭では、小学生による「浦安の舞」が奉納され、露店も出店し、現在も五庄屋の恩恵を受けている多くの人々が参拝に訪れます。また、長野水神社は桜の名所で、シーズンには花見客で賑わいます。
創建年代:1661年~1673年
※開削:土地を切り開いて道路や運河などを通すこと

素盞鳴神社

定休日無休

素盞嗚(すさのお)神社は、通常「祇園(ぎおん)さま」の名前で親しまれている神社です。宝暦13年(1763年)の大火災をきっかけに、町中にあったご神体が現在地に祀られました。町の鬼門にあたるこの地で素盞嗚神が町を守ってくれていると言われています。
吉井祇園は明治時代に始まったお祭りで、毎年7月、吉井町内の3ケ所に高さ10メートルあまりの勇壮華麗(ゆうそうかれい)な山笠が建ち、多くの人々が祇園囃子(ぎおんばやし)の調べに誘われて夏の夜の涼を楽しみます。

正平塔

定休日無休

この塔を建立した調衆(しらべしゅう)一門は、黒木助能(すけよし)を始祖とする星野、黒木、川崎の三氏の総称で、なかでも星野氏は耳納山の複数の山城を拠点として吉井周辺を支配していました。
南北朝の戦乱時には、肥後の菊池氏と征西将軍懐良親王を奉じて南朝に尽くしました。北朝の武家側とは幾度も戦い、多くの生命が失われました。正平14年(1359年)の大原合戦(筑後川の戦い)では、両軍最大の激戦で双方とも多数の戦没者が出ました。これらの戦いで散華した両軍将士の霊を供養するためこの塔が建立されました。
(うきは市指定史跡)

清光禅寺

定休日無休

南新川沿いに足をのばすと、うっそうとした樹木と苔の庭が広がる清光禅寺がある。街中の喧噪を忘れる静寂の空間で、特に秋の紅葉は必見。川沿いの石積みも苔に覆われ、新緑の季節は水鏡に緑が映り込み美しい。

浄満寺

定休日無休

東本願寺派。1490年創建。
梵鐘(ぼんしょう)「県指定文化財」・・・戦時中、金属回収の国策に沿い鐘楼(しょうろう)より下され、搬出されようとしたが、文化財的価値を認識した人々の努力により辛くも危機を脱した。現在は納骨堂上の鐘楼に保存されている。

南久保田住宅

open一般公開なし

南久保田家住宅は、吉井町能楽区にある江戸時代から続く旧家です。南久保田家住宅の周りは、屋敷林の木々と塀で囲われ、土豪屋敷を彷彿とさせます。これら近世豪農の建築様式を継承しつつ、近世後期から明治初期にかけて吉井町で成立した近代町家建築や、明治初期から大正期にかけての近代和風建築の様式を取り入れるなど、建築様式の歴史的変遷を感じ取ることのできる建物です。
また、建物まわりの木々や水路、手入れの行き届いた生け垣、楠の巨木をはじめとする屋敷林も建物とともに見応えがあります。
敷地内にある米蔵、古蔵、ツキアタリ蔵、農業倉庫、味噌部屋などが旧家の屋敷構え全体をよく伝えるとともに、美しい農村景観を作りだしていることを評価され、平成23年12月に、主屋・米蔵・ツキアタリ蔵・味噌部屋・農業倉庫・材木置場及び脇門・裏門の8つが国指定登録有形民俗文化財に登録されました。
(国指定登録有形文化財)

清水禅寺

定休日無休

臨済宗古刹(こさつ)。建長元年(1249年)、常陸国の出身、日用比丘(ひようひこ)という僧が各地を遍歴して浮羽に入りました。たまたま観音山に参ったところ、庭園や木々が美しく、まるで桃源郷のようなこの土地を愛し、ついに自ら茅屋を結んで、閑居すること数年、地元の人がその徳行の非凡なことをみて大変尊敬し、比丘のために競って浄財を喜捨し、たちまちにして寺院ができたといいます。ときの領主、大蔵隆真は立派な田を9段あまり寄進し、寺院としての基礎ができました。天正7年(1579年)大友の兵火をこうむって一時衰退しましたが、寛文8年(1668年)久留米梅林寺第二世澤雲和尚の高弟休岳和尚が入山して再興しました。
境内にある、こんこんと湧き出る湧水は「清水湧水」と呼ばれており、昔から飲料水や生活用水、農業用水として利用され、地域住民の生活を支える貴重な命の水として大事にされてきました。湧水量は1日あたり700t、水量は1年中安定しており、水温17℃、無色透明、無味無臭でpH7.8のきわめて良質の湧水です。日本名水百選にも選ばれています。
※湧水を汲むのは無料ですが、整備費として100円以上の寄付をお願いします。

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