うきは観光みらいづくり公社

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つづら棚田

open山間部のため、暗い時間帯や悪天候時の通行は注意してください。

定休日無休

新川・葛籠(つづら)地区の山あいの斜面には、面積7ha、約300枚の、精巧に石で積まれた階段状の棚田があります。山の石を使い、丁寧に積み重ねられた石組みの多くは約400年前のものです。 日当たりの良いところを農地にし、米作りを優先させたこの地域の家並みは、周りの山林の緑、森から湧き出る清水、青い空の景色と見事に調和し美しい農村景観をつくり出しています。平成11年には、農水省の「日本棚田百選」に選ばれました。

塚花塚古墳

open※保存上の理由から一般公開していません

定休日【資料館】
月曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)

塚花塚古墳は、古墳時代中期・6世紀後半に築造されたといわれる円墳で径約30m、高さ約6mで、南面した石室が構築されています。羨道※は破壊されて見ることはできませんが、前室は長さ2.2m・幅2.7m、後室は長さ3.3m・幅2.9m・高さ3.7m。天井石や後室壁などに巨岩が使われています。壁画はこの奥壁を主体として描かれ、赤・緑・黄の三色を用い、3個の大型の蕨手文(わらびてもん)や5個の同心円をはじめ、靭や三角紋などが岩面いっぱいに描かれています。明治26年頃に開口した時に、金銅製馬具・太刀・鉄鏃・玉類・須恵器など多数出土したと言われています。
なお、この地方は耳納山麓古墳群の東端にあたり、付近には法正寺古墳をはじめ、前方後円墳や大・小円墳が密集していましたが、その後の土地開拓や大石堰構築などにより、次々と壊されました。この付近一帯には、それらの遺跡が多く点在していて往時をしのぶことができます。甕棺(かめかん)・石棺なども多数出土しています。
(国指定史跡)
※羨道(えんどう、せんどう)・・・古墳の横穴式石室や横穴墓などの玄室と外部とを結ぶ通路部分
※石室は通常は施錠されています。詳しくはお問合せください。

若宮八幡神社

定休日無休

「若宮八幡神社」は、五穀豊穣の御利益で知られるお宮で、仁平3年(1153年)に源為朝(みなもとのためとも)が現在の神奈川県鎌倉市にある鶴岡八幡宮(日本三大八幡宮のひとつ)を分霊し創建されたと伝えられています。境内には樹齢数百年の情緒豊かなカヤの木や、江戸時代に地元の豪商から寄進を受けた青銅製の狛犬と灯篭など見どころも多くあります。毎年10月17日・18日に行われる伝統行事”若宮おくんち”の舞台としても親しまれており、期間中は“サー、ヨーイヤセー”など伸びやかなかけ声とともに武者や稚児行列が町内を練り歩き、露店も立ち並ぶなど、多くの観光客で賑わいます。

くど造り民家平川家

open個人宅のため早朝、日没後の訪問はご遠慮ください

18世紀後期に建てられた農家住宅。家屋を上から見たときの形状が「くど(かまど)」に似ているというところから「くど造り」の住宅と呼ばれます。
1971年6月に主屋と納屋が民家としては珍しい国指定重要文化財に指定されました。
現在も住居として利用されていますが、事前に予約すれば内部を見学することができます。

流川桜並木

流川地区を流れる巨瀬川沿いの約2キロメートルにわたる桜並木です。毎年多くのお客様で賑います。開花時期には夜桜を楽しんでいただこうと桜のライトアップ(19時~22時)が行われます。
例年3月下旬~4月上旬が見頃です。

長野水神社(五霊社)

定休日無休

江戸時代、寛文3年(1663年)の大干ばつを機に、山下助左衛門をはじめ、五人の庄屋が筑後川が流れる大石地区に堰を造り、掘割を掘って水を引く開削※工事を久留米藩に申し出ましたが、筑後川を利用した用水路開削工事は難事業であるため、藩からの許可はなかなか下りませんでした。五人の庄屋は失敗したら処刑される覚悟で請願書を提出し、この難工事に着手して寛文4年(1664年)3月完成に至りました。この偉業をたたえて五人の庄屋を祀ったのが長野水神社(五霊社)です。4月8日の春の大祭では、小学生による「浦安の舞」が奉納され、露店も出店し、現在も五庄屋の恩恵を受けている多くの人々が参拝に訪れます。また、長野水神社は桜の名所で、シーズンには花見客で賑わいます。
創建年代:1661年~1673年
※開削:土地を切り開いて道路や運河などを通すこと

素盞鳴神社

定休日無休

素盞嗚(すさのお)神社は、通常「祇園(ぎおん)さま」の名前で親しまれている神社です。宝暦13年(1763年)の大火災をきっかけに、町中にあったご神体が現在地に祀られました。町の鬼門にあたるこの地で素盞嗚神が町を守ってくれていると言われています。
吉井祇園は明治時代に始まったお祭りで、毎年7月、吉井町内の3ケ所に高さ10メートルあまりの勇壮華麗(ゆうそうかれい)な山笠が建ち、多くの人々が祇園囃子(ぎおんばやし)の調べに誘われて夏の夜の涼を楽しみます。

正平塔

定休日無休

この塔を建立した調衆(しらべしゅう)一門は、黒木助能(すけよし)を始祖とする星野、黒木、川崎の三氏の総称で、なかでも星野氏は耳納山の複数の山城を拠点として吉井周辺を支配していました。
南北朝の戦乱時には、肥後の菊池氏と征西将軍懐良親王を奉じて南朝に尽くしました。北朝の武家側とは幾度も戦い、多くの生命が失われました。正平14年(1359年)の大原合戦(筑後川の戦い)では、両軍最大の激戦で双方とも多数の戦没者が出ました。これらの戦いで散華した両軍将士の霊を供養するためこの塔が建立されました。
(うきは市指定史跡)

清光禅寺

定休日無休

南新川沿いに足をのばすと、うっそうとした樹木と苔の庭が広がる清光禅寺がある。街中の喧噪を忘れる静寂の空間で、特に秋の紅葉は必見。川沿いの石積みも苔に覆われ、新緑の季節は水鏡に緑が映り込み美しい。

浄満寺

定休日無休

東本願寺派。1490年創建。
梵鐘(ぼんしょう)「県指定文化財」・・・戦時中、金属回収の国策に沿い鐘楼(しょうろう)より下され、搬出されようとしたが、文化財的価値を認識した人々の努力により辛くも危機を脱した。現在は納骨堂上の鐘楼に保存されている。

南久保田住宅

open一般公開なし

南久保田家住宅は、吉井町能楽区にある江戸時代から続く旧家です。南久保田家住宅の周りは、屋敷林の木々と塀で囲われ、土豪屋敷を彷彿とさせます。これら近世豪農の建築様式を継承しつつ、近世後期から明治初期にかけて吉井町で成立した近代町家建築や、明治初期から大正期にかけての近代和風建築の様式を取り入れるなど、建築様式の歴史的変遷を感じ取ることのできる建物です。
また、建物まわりの木々や水路、手入れの行き届いた生け垣、楠の巨木をはじめとする屋敷林も建物とともに見応えがあります。
敷地内にある米蔵、古蔵、ツキアタリ蔵、農業倉庫、味噌部屋などが旧家の屋敷構え全体をよく伝えるとともに、美しい農村景観を作りだしていることを評価され、平成23年12月に、主屋・米蔵・ツキアタリ蔵・味噌部屋・農業倉庫・材木置場及び脇門・裏門の8つが国指定登録有形民俗文化財に登録されました。
(国指定登録有形文化財)

清水禅寺

定休日無休

臨済宗古刹(こさつ)。建長元年(1249年)、常陸国の出身、日用比丘(ひようひこ)という僧が各地を遍歴して浮羽に入りました。たまたま観音山に参ったところ、庭園や木々が美しく、まるで桃源郷のようなこの土地を愛し、ついに自ら茅屋を結んで、閑居すること数年、地元の人がその徳行の非凡なことをみて大変尊敬し、比丘のために競って浄財を喜捨し、たちまちにして寺院ができたといいます。ときの領主、大蔵隆真は立派な田を9段あまり寄進し、寺院としての基礎ができました。天正7年(1579年)大友の兵火をこうむって一時衰退しましたが、寛文8年(1668年)久留米梅林寺第二世澤雲和尚の高弟休岳和尚が入山して再興しました。
境内にある、こんこんと湧き出る湧水は「清水湧水」と呼ばれており、昔から飲料水や生活用水、農業用水として利用され、地域住民の生活を支える貴重な命の水として大事にされてきました。湧水量は1日あたり700t、水量は1年中安定しており、水温17℃、無色透明、無味無臭でpH7.8のきわめて良質の湧水です。日本名水百選にも選ばれています。
※湧水を汲むのは無料ですが、整備費として100円以上の寄付をお願いします。

妙見社

定休日無休

北極星を神格化した中国の星宿思想(せいしゅく)と仏教が融合して生まれた妙見菩薩(みょうけんぼさつ)をまつるお社は、昔から地域の人によって大切に守られてきました。境内(けいだい)には縄文時代からの吉井町の起こりと発展が詳しく書かれた説明書きがあります。

河北倫明生家 (楠森河北家住宅)

open一般公開なし(電話にて要問合せ)

日本名水百選「清水湧水」など豊富な水源や、のどかな田園風景、果樹園が広がる一画に、楠の森に囲まれた河北家の建物があります。屋敷の周囲は昔ながらの竹垣に囲まれ、敷地内に張り巡らされた水路には毎年初夏になると蛍が舞います。8棟で構成された木造瓦葺の建物は江戸時代から大正時代にかけて建てられたものです。この浮羽の地で800年間27代続く歴史や伝統行事と、江戸時代からの豪農の暮らしぶりを今に伝える屋敷構成がそのまま残された貴重な建物として「登録有形文化財」に指定されています。(「楠森」は古くからの屋号です。)
河北家は、相撲の神として後世まで名高い「大蔵永季」を先祖に持ち、家紋は相撲取りをかたどった珍しいものとなっています。
(国指定登録有形文化財)
■楠森河北家住宅の祭事「壁結(かべゆい)」
旧正月二十日(近年は3月初め)に行う屋敷を取り巻く竹垣の修復作業で、300年以上続く伝統行事です。竹塀の手前に新しい竹を差し、古くなった竹は取り除き、四段ある孟宗竹の竹ぶちは、新しいものを一番上に、4年前の最下段のものは取り除いていきます。最後に、昔ながらの荒縄だけを用いる技法で裏竹と結って仕上げていきます。中世には各地の領主の館や地侍の屋敷では行われていましたが、現在では竹垣を残す屋敷が少なく、北部九州で行っているのはここだけのようです。後世に伝えたいと地元の方々の協力を得て現在も続いています。
■河北倫明(かわきたみちあき)
美術評論家・河北倫明は、東京国立近代美術館次長、京都国立近代美術館館長、横浜美術館館長などを歴任、文化功労者としても表彰され、その活動は美術界に大きな功績を残しています。河北は大正3年(1914年)浮羽郡山春村(現・浮羽町)に生まれ、旧中学明善校から第五高等学校、京都帝国大学を卒業後、文部省美術研究所に勤務、近代洋画の鬼才・青木繁を研究テーマに選び、日本日本美術史にその評価を定めることに尽力しました。
その後も、近代日本美術史研究の先駆者として研究を続け、美術評論を次々と発表。また、東京・京都の国立近代美術館の創設にも深く携わり、美術史家、美術館人としても比類なき存在でした。河北は良寛の「花開くとき蝶来たる、蝶来たる時花開く」という句になぞらえて、「花を作品とすれば蝶は美術評論家、蝶の動きがあって花は生きてくる」とし、生涯を美しい蝶として芸術のために捧げました。

本佛寺

定休日無休

本佛寺は、仏教への弾圧が激しかった明治維新の後、日蓮宗の再建に生涯を尽くしたとされる高僧 新居日薩(あらいにっさつ)によって創建されました。31,000坪の広々とした境内には神仏をお祀りする11のお堂があり、九州での中心的な霊場と言われています。本殿には菅原道真公の窮地を救ったとされる”河童の手”が社宝として安置されています。
毎年7月下旬に行われ、60年以上続いている子ども向けの林間学校も広く知られています。毎年”やさしさ””命の大切さ”などテーマが決められ、二泊三日で寝食を共にして、子どもたちの心のつながりや礼への意識、また思い出づくりにと貢献されています。

ギャラリー安政

open11:00~17:30

定休日火~金(土・日・月・祝日のみ営業)

江戸時代末期からうきはの山中で山林地主として幅広く林業を営んできた野上家。
せせらぎの音を聴きながら風格漂うお座敷でいただくフレンチは格別です。
隣接の蔵(明治築)を改装したギャラリーでは様々な作家の個展が開催されています。

コース料理(要予約)
税抜3,800円~

ウキハコ

open10:00~16:00

定休日月曜日、第2火曜日
(7〜9月の火曜日は開館します)
※上記休館日が祝日の場合は翌日休館となります。

「道の駅うきは」横にある観光案内の施設です。

1. 観光コンシェルジュ
施設に常駐するコンシェルジュが、訪れた方のご要望に合わせて、オススメする場所や注目のスポットをご案内いたします。
2. 休憩空間
授乳スペースもありますので、小さなお子さま連れの方も安心してお使いください。自由にくつろげるスペースには、市内を紹介する雑誌等も設置しています。無料で使えるWi-Fiもあります。
3. レンタルサイクルサービス
うきはのまちを散策するなら、自転車がとても便利です。スポーツタイプ・軽量タイプ・折りたたみタイプの3タイプを揃えていますので、旅のプランに合わせてご利用ください。
貸出時間 10:00~16:00
貸出台数 6台
料金 1日1,000円
※別途保証料1,000円を受付時に回収し、返却時に返金いたします。
特典 うきは市内でお買い物をしたレシートまたは領収書をご提示頂くとレンタル料金50%OFF
(当日申込OK/事前予約可能)
4. 交流の場
うきはの農家さんや作家さんとの交流が楽しめるような体験・体感イベントを随時開催しています。

休憩スポットとして、うきは観光のスタート地点として、思い思いに活用してください。

賀茂神社

定休日無休

正平元年(1346年)に後醍醐天皇の遺言に従い、郡司日田出羽守 大蔵永敏目代山北四郎大蔵永高が奉行し、熊懐平右馬太夫波多宿祢行景(くまだきひょうまだゆうはたのすくねゆきかげ)が斎主となり 、山城国愛宕郡賀茂下上大神(上賀茂神社、下賀茂神社)を奉遷したことが起源。行景が初代大宮司となりました。
正平16年(1361年)征西将軍懐良親王が九州を兵乱や戦禍から守るため、竹林因三位中将を奉勅使に送り賀茂神社に幣物を奉って、山城国の賀茂祭の格式によって祭祀を行い、天下泰平を祈りました。この祭りは代々受け継がれて、今日の「おくんち」として伝わっています。
毎年4月11日、五穀豊穣と無病息災を願う伝統行事「浮羽おくんち」が行われます。山北地区の賀茂神社本殿で神事の後、浦安の舞が奉納されます。隈上正八幡宮との間を往復する行列には、振毛槍や「子ども楽(こどもがく)」、かわいい稚児などが並び、時代絵巻を思わせる華やかな行列に、沿道から盛んな声援が送られます。
賀茂神社境内には、たくさんの露店が軒を連ね多くの観光客で賑わいを見せます。

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