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尾花成春展へ行こう!

うきは市吉井町出身の画家・尾花成春氏(1926-2016)の大型回顧展が久留米市美術館で開催中です。
筑後の地にゆかりのある作家を顕彰する展覧会シリーズ「ちくごist」の記念すべき第一弾となる同展では、約100点の作品と資料が一堂に展観されています。
九州画壇の俊英として早くから注目され、生涯をかけて自らの画業を追求する一方、前衛美術家集団「九州派」の中核としても全国に名を轟かせた画家・尾花成春。
今回は、全6章で構成された会場を訪れ、展覧会のレビューを通してその魅力をお伝えします。

【第一章 山の裏側を描け】
第一章が何を語りかけているかといえば、尾花成春の「原風景」にほかなりません。ふるさとを描き続けた画家の原点、揺るがない何かをここに見てとることができるかと思います。展覧会の最後まで観た後でこの部屋に戻ると深い感慨がありますよ。また、今展の図録はとてもよく出来ていますので展覧会が気に入った方は購入をオススメします。より深く尾花氏のことを理解できると思います。

《初めての油絵》1941 年 個人蔵

【第二章 黄色い風景】
1950年代、パリの先端芸術・アンフォルメルを紹介する展覧会が、東京、京都、大阪、福岡の芸術家たちを飲み込み、日本の前衛芸術を爆発的に成長・変貌させた時代に、尾花氏は30代を過ごしました。この時代特有の苦悩のひとつに「絵は、うまいだけではダメ」という金科玉条がありました。絵画なのにうまいといけない…、これは不思議ですね。ともあれこの時代の多くの芸術家たちは新しい表現の方法に「逸脱」を採用しました。お行儀のいい美術から逸脱し、ゴミを展示したり、そこからさらに逸脱し、一周回って銀座の街を清掃してみたり。パフォーマンスとアクシデントに斬新さが要求される一方、思想が制作態度に縛りをかけていた時代でもありました。この頃にトップランナーとして活躍したある芸術家ふたりが後年、奇しくも同じ言葉を残しています。「あの頃は真面目に絵を描くのが恥ずかしい時代だった」。そう話す彼らはずっと絵を描かず、しかし老いてから絵描きに戻りました。
尾花氏は「前衛」の中心にいながら筑後という自分の原風景を手放すことはしませんでした。一面の菜の花を描いたその頃の作品群「黄色い風景」がそのことを象徴しています。ある種の熱に浮かされていた時代にあって、最も冷静な眼差しをもった芸術家のひとりだったといえるかも知れません。

《黄色い風景》1958 年久留米市美術館蔵

【第三章 筑後川に神を視た】
反中央を謳い社会問題にも切り込んだ九州派も解散の時を迎え、平面絵画の制作に回帰した尾花氏は画業の円熟期を迎えます。テーマとして選ばれたのは筑後川の冬の枯れた河原でした。若い頃から敬愛したセザンヌを自家薬籠中の物としたその構成力と独自の色感には息を飲むものがあります。一方、尾花氏の描く枯れ野原に、室町時代の水墨画家・雪舟を思い起こした方も少なくないのではないでしょうか。前衛芸術家としてアンフォルメルに精通していた尾花氏が、複数の方向から見た岩肌をひとつの画面に描いた言わばキュビズム的な表現に到達した雪舟に通じていても不思議はありません。ただ、雪舟が点景として家屋や人物を画面に配置することで人の体温を描いたのに対し、尾花氏の画面にはそうしたヒューマニズムは存在しません。どこまでも徹底して寒く、うら寂しい、冬の河原。音のない世界に微かに訪れる鳥と、その消失。ただただそこにある美しさ。無為自然の極致への没入が、その後の黒を基調とした作品群に繋がっているように思えてなりません。

《―筑後川より―朝羽大橋(上側)》1987 年 個人蔵

【第四章 存在の意】
15年に渡り筑後川を描いた画家は、新たなモチーフの探求に向かいます。描かれるのは石。かつて「筑後川に神を見た」と書き記した画家にとって石とは何の表象だったのでしょうか。絵画に「写実」という言葉があります。よく写真のように上手い絵を写実的だと言いますが、それではなく、尾花氏の石には本来の「実(存在)を写す」意味での実存的な強固さを感じます。何万年、何億年も前から存在する石、その人間不在の宇宙法則の奥に彼の画業はありました。民俗学者の折口信夫は「神さまの神さまたる力をば留めておくところが、石ということになる」と記しています。古代の神は石に現れたということを尾花氏は直感していたのでしょうか。会場にキラキラと光る作品がありますのでぜひ探して下さい。石を砕いて絵の具にしているので光を反射して輝くのです。石を描くだけが石の絵ではないというのが面白いですね。そういえば、初期作品にアスファルトを画材に使用しているものがありました。実はアスファルトは縄文時代から土器の接着剤として使用されていた由緒正しき(?)鉱物なのです。尾花氏は物の本質を捉えることに長けている一方、自身の作品を言葉で補強することをしない画家でした。なので言葉で作品を説明することが一筋縄ではいかない画家なのですが、老子の思想に惹かれ始めたというこの時期の作品を見ると、まさに老子のいうように言葉にした瞬間から逃げていってしまう真理を、必死に画面に刻み込もうとするその姿がありありと見てとれるのです。

《存在の意(国東の海より)》1993 年 個人蔵
《海よりの風景》1993 年 個人蔵

【第五章 存在の何たるか】
さぁ、ここが最も難しい章です。分からないものは分からないとして、自由に楽しんでみましょう。高い精神性をもつ画家の全部が分かるはずがないと前向きに諦めて、自分で条件付けをして世界を少し狭めてみても良いと思われます。たとえば、黒一色の作品を「黒い鏡」として見てみるのもアリです。そうすると途端に鑑賞者の内面的な宇宙との交通路として機能し始めます。光も音も吸収してしまう黒と、外へと反射し覗き込む人に何かを伝えようとする黒。もしかしたら描いている時にこうして内なる世界を発現していたのかな、なんてほんの少しでも画家と会話ができるような気がしてきませんか。これは作品分析ではなく、とっかかり程度のものですが。この調子でもうひとつ、この部屋にある「麦」や「藁」が描かれた作品と、これまでの尾花氏の作品との関連というところだけ切り取って見てみます。イネ科が主であろう冬枯れの河原と、麦が古くは「冬草の夏立枯れ」と記された植物であったこと。菜の花の黄色い作品と、春の花はその年の田の実りの吉兆を占うものであったこと、また藁は予祝儀礼として神に祭られるものであること。と、もしかしたら画家の見る四季折々の筑後は細部まで全て描き込むと黒くなるのかな、なんて勝手な空想も浮かびます。

【第六章 声なきものの声を聞く】
いよいよ最後の部屋となりました。80代を迎えた画家・尾花成春の集大成といえる圧巻の作品群です。第一室にもこの時期の「竹」という作品があります。合わせて鑑賞することをオススメします。
展覧会場にいた幼い子に一番好きな絵を尋ねたところ、同展ポスターにも採用されている「花に語る」を挙げてくれました。同じモチーフの絵ではどうかと続けて聞くと「それはこれとは違う絵やけん」と諭されました。そうですよね。賢い。

《花に語る》2010 年個人蔵

【最後に】

美術って難しくて分からない、とお思いの方もおられるかも知れません。とりわけ今展は現代美術の難しい絵画だらけ。美術史、哲学、思想、当時の社会状況などなど、画面の奥に込められたものが多いほど難解に感じますよね。
そんな方のために絵画鑑賞のテクニックをひとつご紹介。「飾られた絵の中でひとつだけ盗むとしたらどれ?」。ぜひルパンみたいな目で展覧会場を回ってみてください。盗んででも欲しい!という絵を真剣に探すと展覧会場が宝の山に見えてきます。あ、盗むというと美術館に怒られそうなので、今日は穏やかに「持って帰りたい絵」としましょう。お部屋に飾る絵、家宝にしたい絵、資産価値の高そうな絵、家族が喜びそうな絵、自分の人生に必要な絵、理由は分からないけどビビッときた絵…。ご自身の基準で一番の絵を決めてみて下さい。美術って楽しい、きっとそう思っていただけるはずです。

展覧会名ちくご ist 尾花成春
会期 2024 年 4 月 20 日(土)〜7 月 7 日(日) 月曜休館
作品数 約 100 点
会場 久留米市美術館
入館料 一般 700 円(500 円)、シニア 400 円(200 円)、大学生 400 円(200 円)、
高校生以下無料
開館時間 10:00−17:00(入館は 16:30 まで)
福岡県久留米市野中町 1015(石橋文化センター内)
TEL0942-39-1131
https://www.ishibashi-bunka.jp/kcam/

【書き手】

文屋俊人(ぶんや・としひと)
1980年神奈川県生まれ。大学では社会学を中心に文学、哲学、民俗学などビジネスに役立たない学問に没頭。美術雑誌の編集者を勤めた後、うきは市吉井町に移住。古墳と河童のことばかり考えて日々を過ごす。

展覧会名ちくご ist 尾花成春

福岡県久留米市野中町 1015(石橋文化センター内)

https://www.ishibashi-bunka.jp/kcam/

TEL0942-39-1131 久留米市美術館

営業時間  10:00−17:00(入館は 16:30 まで)
定休日 月曜休館

  • 駐車場:あり
  • 入場料:一般 700 円(500 円)、シニア 400 円(200 円)、大学生 400 円(200 円)、 高校生以下無料

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