うきは市
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妙見社
北極星を神格化した中国の星宿思想(せいしゅく)と仏教が融合して生まれた妙見菩薩(みょうけんぼさつ)をまつるお社は、昔から地域の人によって大切に守られてきました。境内(けいだい)には縄文時代からの吉井町の起こりと発展が詳しく書かれた説明書きがあります。
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南久保田住宅
南久保田家住宅は、吉井町能楽区にある江戸時代から続く旧家です。南久保田家住宅の周りは、屋敷林の木々と塀で囲われ、土豪屋敷を彷彿とさせます。これら近世豪農の建築様式を継承しつつ、近世後期から明治初期にかけて吉井町で成立した近代町家建築や、明治初期から大正期にかけての近代和風建築の様式を取り入れるなど、建築様式の歴史的変遷を感じ取ることのできる建物です。
また、建物まわりの木々や水路、手入れの行き届いた生け垣、楠の巨木をはじめとする屋敷林も建物とともに見応えがあります。
敷地内にある米蔵、古蔵、ツキアタリ蔵、農業倉庫、味噌部屋などが旧家の屋敷構え全体をよく伝えるとともに、美しい農村景観を作りだしていることを評価され、平成23年12月に、主屋・米蔵・ツキアタリ蔵・味噌部屋・農業倉庫・材木置場及び脇門・裏門の8つが国指定登録有形民俗文化財に登録されました。
(国指定登録有形文化財)
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町並み交流館 商家
松源商店の初代は、中世の豪族・問註所氏(筑後長岩城・うきは市浮羽町)の末裔(まつえい)といわれる田籠嘉六という人で、宝暦11年(1761年)に吉井町に移住してきました。
もともと「松屋」の屋号がついていましたが、第4代が田籠源右衛門を名乗っていたことから通称「松源」の名で親しまれるようになりました。
この田籠家の第8代の時に建てられたのが現「町並み交流館商家」。
もともとこの建物の外壁は黒色の漆喰(しっくい)となっていました。
当主が「商売人は派手にしてはいけない」ということから黒くしたという説と、有事に備えて上空の戦闘機から目立たないように黒くしたという説があります。
1階は白花綜(しらかべ)というレストラン、2階の座敷はイベント会場になるなど市民に活用されています。
- 営業時間
- 【見学】9:00~17:00、【食事】11:00~16:00
- 定休日
- 月曜日(祝日の場合は翌日)
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古畑古墳
鳥船塚古墳の南200mに位置する径約20m、高さ約3mほどの円墳で、墳丘は2段築成で段築面に円筒埴輪、人物埴輪が並んでいました。屋形古墳群の中で最も高い所に位置します。
内部主体は南西に開口する複室の横穴式石室です。奥壁の鏡石には赤色で4個の大きな同心円文を中心に据え、三角文と小円文、大の字形に手足を広げた人物像などが描かれています。同心円文を中心に据える点から、日岡古墳と似たタイプの壁画を持つ古墳であるといえます。
(国指定史跡)- 営業時間
- 一般公開なし
- 定休日
- 【資料館】 月曜日(祝日の場合は翌日) 年末年始(12月29日~1月3日)
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日岡古墳
若宮八幡神社の境内にある日岡古墳(ひのおかこふん)は、全長74m、高さ5mの装飾古墳で、6世紀後半につくられたと言われています。
後円部には横穴式石室があり、奥の壁面には赤・白・緑の3色で同心円文、蕨手文(わらびてもん)、三角文など幾何学的な文様が描かれ、周囲の壁には武具、魚、船、馬、獣などが色を使い分けて描かれています。その芸術性の高さから県を代表する装飾古墳のひとつとして国の史跡にも指定されています。現在は天井部分の石が崩落しており、上からのぞき込む形で見学可能となっています。
(国指定史跡)
※石室は通常施錠されています。- 営業時間
- 原則毎月第3土曜日の古墳見学時のみ公開 ※5日前までに要予約
- 定休日
- 【資料館】 月曜日(祝日の場合は翌日) 年末年始(12月29日~1月3日)
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原古墳
内部には西に開口する単室の横穴式石室があり、奥壁の腰石と側壁の一部に赤色の壁画が残ります。奥壁の絵は、中央に準構造船のような大型の船が描かれており、右側が船首で、大きな櫂が2本描かれています。船上には弓を持った人物と櫂を操る人物が乗っており、馬もしくは遺体を納めた屋形を見ることができます。船尾の近くには3個の靭※が、右上部には弓を持った人物が描かれています。奥壁は一度抜き取られ戻されましたが、誤って反対向きに置かれたため、そのまま壁画が外を向いて保存されています。
(国指定史跡)
※靭(ゆぎ)・・・矢を入れ,腰につけて持ち歩く筒形の容file- 営業時間
- 一般公開なし
- 定休日
- 【資料館】 月曜日(祝日の場合は翌日) 年末年始(12月29日~1月3日)
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流川桜並木
流川地区を流れる巨瀬川沿いの約2キロメートルにわたる桜並木。毎年多くのお客様で賑います。開花時期には夜桜を楽しめるようにと桜のライトアップ(19時~22時)が行われます。
例年3月下旬~4月上旬が見頃です。 -
長野水神社(五霊社)
江戸時代、寛文3年(1663年)の大干ばつを機に、山下助左衛門をはじめ、五人の庄屋が筑後川が流れる大石地区に堰を造り、掘割を掘って水を引く開削※工事を久留米藩に申し出ましたが、筑後川を利用した用水路開削工事は難事業であるため、藩からの許可はなかなか下りませんでした。五人の庄屋は失敗したら処刑される覚悟で請願書を提出し、この難工事に着手して寛文4年(1664年)3月完成に至りました。この偉業をたたえて五人の庄屋を祀ったのが長野水神社(五霊社)です。4月8日の春の大祭では、小学生による「浦安の舞」が奉納され、露店も出店し、現在も五庄屋の恩恵を受けている多くの人々が参拝に訪れます。また、長野水神社は桜の名所で、シーズンには花見客で賑わいます。
創建年代:1661年~1673年
※開削:土地を切り開いて道路や運河などを通すこと -
鳥船塚古墳
原古墳の南135mに位置する円墳で、内部主体は西に開口する単室の横穴式石室ですが、奥壁の腰石2段が残るだけで石室は破壊されています。
奥壁の絵は、1段目には同心円文と船、2段目に大きな盾が描かれ、2個の靭※が描かれています。船は人物が乗った大型の船で、帆をはる柱は2ケ所、大きな櫂もあります。船の舳先(へさき)と艫※には鳥が各1羽ずつとまっています。
(国指定史跡)
※靭(ゆぎ)・・・矢を入れ、腰につけて持ち歩く筒形の容器
※艫(とも)・・・船尾- 営業時間
- 一般公開なし
- 定休日
- 【資料館】 月曜日(祝日の場合は翌日) 年末年始(12月29日~1月3日)